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2508件のアーカイブスが見つかりました。

条件: 地震・津波

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文化9年の地震

文化9年(1812)3月10日夜6ツ半時、大地震。15日まで少々地震あり。(「松山叢談」による) 続きを読む

文化9年の地震

文化9年(1812)3月10日晩五つ時(午後8時)、大地震、その夜度々揺れる。浦辺は逃げる者多く、騒動する。(北川村名本新井来助の日記による) 続きを読む

文化9年の地震

文化9年(1812)3月10日戌上刻(20時)、県西部で地震強し。高知城の石垣も崩れる。(「宮地日記」、「津野山異談続編」による) 続きを読む

文化9年の地震

文化9年(1812)3月10日より15日まで、地大いに震い、損害多し。 続きを読む

文化9年の地震

文化9年(1812)3月10日午後10時頃、地震が起こった。幡多や中村では格別に強かった。翌日までに11度余震が起こり、その後も度々地震は発生した。(「高知県災害史」による) 続きを読む

文化9年の地震

文化9年(1812)3月10日、伊予松山を中心とする強い地震あり、土佐は家屋に小被害あり、余震が3月下旬まで続く。/史料掲載:「燧袋」、「新井来助日記」、「森沢保如家文書」、「津野山異談続編」、「香北町史」 続きを読む

文化11年の地震

文化11年(1814)10月11日、地震。日本地震資料-宮地日記には「夜酉の上刻(18時)地震余程強くゆる。去々年3月1日の夜の地震よりは強き方に覚ゆ。家中下町辺垣壁等少し破損有之由、其後も夜中今12日にかけ小震度となり」と記されている。 続きを読む

文政11年の地震

文政11年(1828)11月22日、大地震。(「徳島県史」による)(ただし、半田町では地震により大きな被害を受けたという記録はない。) 続きを読む

天保2年の地震

天保2年(1831)、京都大地震、半田では行灯の火が消えたという。(ただし、半田町では地震により大きな被害を受けたという記録はない。) 続きを読む

天保6年の地震

天保6年(1835)2月17日夜、大地震。(「歳々文政寄寺官神雨水照記万事覚附」による) 続きを読む

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