検索結果

2508件のアーカイブスが見つかりました。

条件: 地震・津波

年代順で並び替える : |

安政2年の地震

安政2年(1855)、地震数回。(「川之江村大庄屋役用記」による) 続きを読む

安政元年11月7日の地震

安政元年(1854)11月7日、豊後、豊前、伊予を震源とするM7.0の地震により、大洲、吉田で潰家があり。 続きを読む

安政元年の伊予西部地震

嘉永7年(1854)11月7日、伊予西部地震(M7.4)により、八幡浜市付近で被害。 続きを読む

安政元年の地震

安政元年(1854)11月7日、三崎半島付近を震源とする地震が起こり、伊予大洲及び吉田で多くの潰家を生じた。 続きを読む

安政元年の地震

嘉永7年(1854)11月7日、M7.0の地震により、伊予西部、伊予大洲、吉田で壊家あり。(「理科年表」による) 続きを読む

嘉永7年の豊後水道地震

嘉永7年(安政元年)11月7日、豊後水道を震源とする地震(安政南海地震の誘発地震)により、南予で多くの建物が倒壊。 続きを読む

安政元年の南海地震

image

安政元年(1854)11月5日、大地震が起こり、津波が押し寄せてきた。この時には、宝永地震の教訓を生かして避難したので、宝永地震の時ほど溺死者は出なかった。しかし、誤った言い伝えを信じて船で沖に逃げた30余人は命を落とした。(宝永津浪溺死之塚の碑文による) 続きを読む

安政元年の地震

image

安政元年(1854)11月5日、大地震が起こった。飛鳥神社の境内にある安政地震の碑には、地震の時の様子や津波の時の教訓などが細かく刻み込まれている。 続きを読む

安政元年の南海地震

安政元年(1854)11月5日午後4時頃、大地震が発生した。午後5時頃から大津波が打ち寄せ、人々は山辺の藪地に避難したが、強震のため歩行も困難で、空飛ぶ鳥も地に落ちたという。 続きを読む

安政元年の地震

安政元年(1854)11月3日・4日の地震を前触れとして、5日午後4時頃から大地震が襲来した。「塩屋記録」には地震の様子、死者を含めた被害の状況、被災後の人々の様子などが具体的に記されている。また、「村諸日記」にも地震の様子などが記されている。 続きを読む

1 88 89 90 91 92 93 94 95 96 97 98 251