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1997件のアーカイブスが見つかりました。

条件:香川県 渇水

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正保2年の干ばつ

正保2年(1645)、大干ばつ。「増補高松藩記」には「この年、封内大旱、陂池(ため池)四百零六を創築し、もと有る九百六十と併せ、総計壱千三百六十という」と記されている。/「この歳、三時(春夏秋)雨降らず。大いに麦禾(米麦)なし」(全讃史」による) 続きを読む

天保2年の干ばつ

天保2年(1645)、領内大日照りのため、406の池を創築した。今までの960を加えると1,366になる。(「高松市史年表」による) 続きを読む

正保3年の干ばつ

正保3年(1645)春から秋にかけて大干。藩民難儀につき、また新池406箇所を築き、在来と合わせて1,366箇所になる。(「讃岐国大日記」、「高松藩記」、「全讃史」による) 続きを読む

寛永20年の干ばつ

寛永20年(1643)4月下旬から6月まで雨降らず、大干ばつのため凶作。(「香川県政史年表」、「香川用水史」、白鳥町広報・資料による) 続きを読む

寛永20年の干ばつ

寛永20年(1643)4月から11月まで雨が降らず、餓死者は住民の十分の一に及ぶ。 続きを読む

寛永20年の干ばつ

寛永20年(1643)4月下旬から6月にかけて雨降らず、干ばつ。(「讃岐国大日記」による) 続きを読む

寛永20年の干ばつ

寛永20年(1643)4月下旬から6月下旬まで降雨なし。秋から冬にかけ餓死多く、10分の1に及ぶ。長尾、西村、年貢3分の1に減。(「讃岐国大日記」、「高松藩記」等による) 続きを読む

寛永20年の干ばつ

寛永20年(1643)4月から6月まで、雨降らず凶作。秋から冬にかけて餓死者が多く出た。(「香川県気象災害史」、「香川県気象史料」、「香川県防災気象要覧」等による) 続きを読む

寛永20年の干ばつ

寛永20年(1643)4月から6月まで雨ふらず、凶作。秋から冬にかけて、餓死多し。(「庄屋記録」、「讃岐国大日記」、「高松藩記」による) 続きを読む

寛永20年の干ばつ

寛永20年(1643)4月下旬から6月下旬まで雨が降らず、五穀が実らないため、秋から冬にかけて餓死者を多く出した。(「讃岐国大日記」、「高松藩記」などによる) 続きを読む

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