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条件: 渇水

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明治9年の干ばつ

明治9年(1876)、日照りが続き、大変な水不足に襲われた。この時、新改川の上下流で水争いが起こった。下流の植田・久次(ひさつぎ)の人々が新改川のコロンボ堰を壊し、コロンボ堰から引水している須江の人たちが修理をするなど、上流と下流の水争いが続けられ、怪我人が出... 続きを読む

明治9年の水論

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明治9年(1876)、菖蒲堰の大落水で、北方村と樋口・志津川・西岡の3村が水論、双方に負傷者が出る。(「重信町誌」による)(伊予の水論〔水争い〕年表) 続きを読む

明治9年の干ばつ

明治9年(1876)、干天が数十日も続き、稲の収穫が皆無となった田地も多かった。 続きを読む

明治9年の干ばつ

明治9年(1876)夏、干ばつ。数十日雨なく稲収穫皆無田多く、地租貸与の処置を受けるものが続出した。(高松気象台の資料による) 続きを読む

明治9年の干ばつ

明治9年(1876)、旱天打ち続くこと数十日で、稲の収穫が皆無となった。 続きを読む

明治9年の干ばつ

明治9年(1876)夏、干ばつ。数十日降雨なし、収穫皆無田多く、地租貸与の処理を受ける者続出。(多度津測候所・高松気象台・香川県の調査統計書、誉水村議事録等による) 続きを読む

明治9年の干ばつ

明治9年(1876)、旱天数十日。稲の収穫皆無の所も出た。 続きを読む

明治9年の水論

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明治9年(1876)6月30日、干ばつのため下堰側が請求した大落水について、上堰北方がその執行を遅らせたため、下堰側の農民数百人が堰に集結して、堰を切り崩した。双方に負傷者が出た事態を収拾するため、巡査や戸長が仲介に入ったが解決されず、結局、7月7日に下流3ヶ... 続きを読む

明治9年の水論

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明治9年(1876)6月30日、干ばつのため下堰側が請求した大落水について、上堰北方がその執行を遅らせたため、下堰側の農民数百人が堰に集結して、堰を切り崩した。双方に負傷者が出た事態を収拾するため、巡査や戸長が仲介に入ったが解決されず、結局、7月7日に下流3ヶ... 続きを読む

明治9年の干ばつ

明治9年(1876)7月3日から8月27日にかけて、56日間干害。 続きを読む

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