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条件: 渇水
明治27年(1894)5月から8月まで雨量が少なく、夏季に記録的な高温が続いたため、各地で水争いが生じた。那賀川北岸では、大井手用水の渇水がひどく、7月19日に千余名が舟路を開削すると称し、延長2,400mの川ざらえを行い、南岸の堰を掘り切った。このため、20... 続きを読む
明治27年(1894)4月26日小雨の後、9月7日まで135日間降雨らしきものがなく、用水が枯渇し、飲料水にも事欠き、各所で井戸掘りかんがいや土瓶での注水が行われたが、収穫皆無の多賀多く、百年来の大干ばつと言われた。(「大川郡誌」による)竹やぶまでが枯死し、ひ... 続きを読む
明治27年(1894)4月27日から9月10日まで、135日間日照りが続き、飲み水にも困り、農家は土びんで稲株に水を注いだ。秋になっても出穂せず、収穫皆無の所もあった。 9月11日午後8時頃より、東風を伴う暴風雨が吹き、翌12日にも収まらず、午前11時頃より南... 続きを読む
明治27年(1894)4月27日から9月10日まで135日にわたり雨らしい雨がなく、村内の飲料水にも困るほどであった。稲作の灌漑ができず、農家は土瓶で稲株を潤すこともしたが、出穂に至らず収穫皆無の所も多かった。 続きを読む
明治27年(1894)4月26日小雨以来、9月10日まで135日間、降雨らしいものなく、用水が枯渇し、飲料水も不自由。百年来の大干と言われた。(多度津測候所・高松気象台・香川県の調査統計書、誉水村議事録等による) 続きを読む
明治27年(1894)4月26日降雨あり、以後、6月7日に小雨があったものの、雨らしい雨は9月10日までなく、135日の干ばつとなった。池底は乾き、井掘も涸渇して、汲む水もなくなり、農家は少量の水を土瓶に入れて、稲株を潤すに至ったが、稲は出穂に至らず、枯死し、... 続きを読む