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条件:高知県 風水害
明治19年(1886)8月20日より21日にかけて豪雨により大出水となった。八田堰、鎌田堰の築造後すでに200年余を経過し、仁淀川の川底が著しく上昇したため、今までの堤防、樋門では洪水を食い止められず、日下、加茂500haは浸水した。最高水位は樋門の基盤(標高... 続きを読む
明治19年(1886)8月20日午後7時頃から東北風の暴風雨となり、21日にはますます猛烈となり、正午頃から水量増加、午後2時頃家屋浸水、家具、木材、器具等流失すること累々、午後7時ようやく減水、5時の水位は四万十川で平水より2丈9尺5寸で、明治3年10月2日... 続きを読む
明治19年(1886)8月20日から21日にかけて、大暴風雨が襲来した。風力が強く、人家の倒壊は数えきれず、樹木は多く倒伏した。風害は未曾有と言われている。雨量は風速に比べてさほどではなく、洪水は比較的小さかったようである。古老の話によると、粗末な家は大きく揺... 続きを読む
明治19年(1886)には、8月20日~21日、9月10日、17日、24日と4回の台風が来襲し、物部川の出水がひどく、山田堰の被害も大きかったというが、災害復旧工事の記録は残されていない。 続きを読む
明治19年(1886)8月20日、暴風雨がひどく、強風で立木は倒し尽くされ、住家の全半壊も多かった。また、降雨も激しく、山崩れも多く発生し、田畑堤防の決壊も甚大であった。農作物も凶作で、山野草を食べ尽くしたといわれるほどの宮ノ川村では、県知事に対して種籾料の申... 続きを読む
明治19年(1886)8月20日午後6時暴風雨のため風が猛烈となり、川はあふれ山は所々崩壊した。また、9月10日午後2時暴風雨のため北風が猛烈となり、家屋、大木を圧倒した。寺野集落は崩壊し、人家40余を現在の寺野(南ノ平)に移転した。(「天変記」による) 続きを読む
明治19年(1886)8月20日午後7時頃から北東の暴風雨となり、21日にはさらに猛烈となって、正午頃から水量が増加し、午後2時頃には家屋への浸水が始まった。午後5時の水量は四万十川で平水よりも2丈9尺5寸(8.94m)の増水であった。不破では住家5、6戸、角... 続きを読む