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条件:高知県 風水害

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文化12年の風水害

文化12年(1815)7月6日~8日、風水害。「御家年代略記」によると、国内の死者83人、流失家屋181戸、損耗数万石。 続きを読む

文化12年の洪水

文化12年(1815)7月6日より8日まで、風雨、洪水により、国内大破損、死者83人、幡多郡の損田2,934石余、堤防破壊22,500間余、潰屋12軒。 続きを読む

文化12年の風雨

文化12年(1815)7月6日より8日まで、風雨、大洪水になり、堤防の破壊、人家の流失、死者83人。亥の大変という。(「高知県災害異誌」、「高知県歴史年表」、「皆山集」による) 続きを読む

文化12年の洪水

文化12年(1815)7月5日、奈半利川の堤防が決壊し、内町分の軒口まで水入り、新町分でも水が上がった。内町分では漁船に人を乗せた。流死は一人もなかった。(「世用日記」、「新井来助日記」による) 続きを読む

文化12年の台風

文化12年(1815)7月6日~8日、大時化。 続きを読む

文化12年の洪水

文化12年(1815)7月、「亥の大変」を称される大洪水のため、かつて山田堰があった付近(現在の河口より9.8km付近)より下流の堤防の大半が決壊し、氾濫流は物部川の本川へは還らず、支川後川沿いの浜堤を押し切り海へと直接流れ出たと言われ、現在も南国市前浜に切戸... 続きを読む

文化12年の洪水

文化12年(1815)7月より8月までの風雨洪水により、幡多郡では死者1人、損田2,934石余、堤切崩22,050間余、流家12軒。(「中村町風水害史」による) 続きを読む

文化12年の洪水

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文化12年(1815)7月、物部川の洪水により、堰留神社の社殿が流失し、同年10年に再興されたという記録が残されている。 続きを読む

文化12年の洪水

文化12年(1815)7月、物部川で「亥の大変」と呼ばれる大災害があり、山田堰下流の両岸はほとんど決壊したという。 続きを読む

文化12年の洪水

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文化12年(1815)7月、物部川の洪水により、堰留神社の社殿が流失し、同年10年に再興されたという記録が残されている。 続きを読む

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