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条件: 風水害
明治32年(1899)8月29日午後3時頃より雨降り、雷とどろき鳴らし、午後5時30分より大雨降り、6時30分頃風がますます烈し、新築の家でも瓦7、800枚が吹き飛ばされ、前の平屋は倒れて庭の柿の木にもたれて止まった。当時、中村では倒家60戸位、上川口で3戸、... 続きを読む
明治32年(1899)9月3日、前日より降り出した雨により、地蔵川西堤防が大板屋南部で決壊し、住宅5戸が流失した。明治天皇から見舞金が下賜され、大板屋には100円賜った。明治45年に明治天皇が亡くなられると、地蔵川西堤防に明治天皇社を造営し、7月30日を明治天... 続きを読む
明治32年(1899)9月6日より雨となり、大雨が8日朝まで続き、11時頃川水が増し、川岸の山野田畑崩れ、大北橋や落合の出合橋が流失し、人家を倒した。また、福原では古川で人家3、4戸、古川橋、中津田地が悉く流失した。さらに前原修堤碑によると、勝浦川堤防の破堤は... 続きを読む
明治32年(1899)9月6日より雨となり、大雨が8日朝まで続き、11時頃川水が増し、川岸の山野田畑崩れ、大北橋や落合の出合橋が流失し、人家を倒した。また、福原では古川で人家3、4戸、古川橋、中津田地が悉く流失した。さらに前原修堤碑によると、勝浦川堤防の破堤は... 続きを読む
明治32年(1899)9月7日、暴風雨による吉野川の洪水で、全壊家屋18軒、半壊家屋15軒の他、藍、稲、畑作物に被害が出た。(栄村役場「水害に関する書類」による) 続きを読む
明治32年(1899)9月8日、台風により、勝浦川では上流の高鉾村正木で山が崩壊し、下流では7月の決壊で仮止め堤防となっていた江田村の堤防から上流部の前原村にかけて160mにわたり決壊した。菖蒲田川が本流と化し、神代橋は崩壊した。小松島町は約1ヶ月間濁水の中に... 続きを読む
明治32年(1899)9月8日13時頃、台風が和歌山付近に上陸した。徳島では8日に260.2ミリを記録し、剣山南麓で400ミリ程度であった。/園瀬川1.6丈で破堤。(「八幡村史」による)/重末小学校校舎倒。(「西祖谷山村誌」による)/未曾有の被害。(「横瀬町史... 続きを読む