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条件:徳島県

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大正元年の洪水

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大正元年(1912)、吉野川で洪水があった。その洪水の痕跡を示した石柱が山川町に残されている。石柱の側面には8尺7寸と刻まれており、この付近で約2.6m浸水したことを伝えている。 続きを読む

大正元年の洪水

大正元年(1912)の洪水及び大正7年(1918)の洪水を契機に、那賀川沿岸の住民は改修の必要を訴えた。この結果、那賀川は大正12年(1923)に重要河川に指定され、昭和4年(1929)には直轄改修事業が開始されることになった。 続きを読む

大正元年の洪水

大正元年(1912)、吉野川は大洪水に見舞われた。この時の洪水氾濫痕跡は今も古い民家の納屋の壁や戸袋に残っている。最近行った痕跡の調査結果から、洪水の氾濫は軒下浸水の規模であったことが分かっている。 続きを読む

大正元年の台風

大正元年(1912)、台風により、吉野川流域の上・中流部にかけて総雨量は400ミリを越え、被害は甚大で死者・行方不明者95人、床上浸水26,708戸に上った。 続きを読む

大正元年の洪水

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大正元年(1912)の大洪水の洪水痕跡を示した石柱が、山川町の吉野川改修記念碑の横に立っている。石柱の高さは記念碑の土台から約2.6mである。 続きを読む

大正元年の干ばつ

大正元年(1912)、大干害により植え付けできず、作物も枯れ大凶作。(新聞記事による) 続きを読む

明治45年3月の火災

明治45年(1912)3月22日正午、中庄浦川の大和製綿工場が失火し、北風が強く同工場寄宿舎や本宅及び民家、巡査駐在所を全焼または半焼した。さらに2丁も離れた灰屋興行部、芝居小屋をも類焼。 続きを読む

大正元年の干ばつ

大正元年(1912)5月~7月、大干ばつのため、加茂村で田植え未済20町歩。(「大西夘平日誌」による) 続きを読む

明治45年の火災

明治45年(1912)5月18日午前10時、内川内(下名)から出火し、南東の強風にあおられ飛び火して16棟が焼失した。当時の損害見積額は7,000円と言われている。 続きを読む

大正元年の台風

大正元年(1912)8月、3度にわたって激しい暴風雨に見舞われ、撫養地方の塩田堤防は53箇所(延長480間)が決壊した。撫養専売支局及び瀬戸派出所管内の製塩浸水流解は32万5,170斤に達した。また、暴風雨による農作物の被害も大きく、米価は1斗当たり20円にも... 続きを読む

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