検索結果

8597件のアーカイブスが見つかりました。

条件:徳島県

年代順で並び替える : |

大正元年の台風

大正元年(1912)9月、台風による集中豪雨のため、清水では東の高瀬谷と西の箸ヶ谷が増水し、特に高瀬谷では明治中頃に気づいた堤防が3日夕方から危険になった。警鐘が鳴らされ、村民全員が堤防に馳せ参じ、水防活動を行ったが、北庵の東の堤防が決壊した。濁流は芋畑を押し... 続きを読む

大正元年の洪水

image

大正元年(1912)9月、善入寺島で家屋の流出や溺死者が出た。 続きを読む

大正元年の洪水

大正元年(1912)9月、勝浦川筋三軒屋堤が破堤し、下大野、犬山が全部浸水した。 続きを読む

大正元年の洪水

大正元年(1912)9月、台風が県南の海岸をかすめて阪神地区に上陸し、洪水、高潮による被害が大きかった。吉野川では苅萱堤が決壊し、善入寺島でも10数軒の家屋の流失や178人の溺死があった。 続きを読む

大正元年の洪水

大正元年(1912)9月16日から雨天が続き、22日夕方から暴風雨となり、園瀬川の堤防が決壊して大洪水となった。馬越下の民家では屋根まで水が来て、中にいた人は屋根を破って避難したという。 続きを読む

大正元年の洪水

大正元年(1912)9月21日~22日に徳島県南岸から阪神に上陸した台風により、徳島では21日昼から翌日早朝までに600ミリを超える雨量のところもあり、沿岸部では高潮の被害があった。県内の死者81人、床下・床上浸水43,067棟、板野郡では27人が亡くなった。... 続きを読む

大正元年の洪水

大正元年(1912)9月21日~22日、豪雨、大水により、中津、吹で人家流失10軒、崩壊のため下影、野住、西ノ浦、馬越で半壊家屋9軒、道路大破損、12の橋梁流失の被害が出た。 続きを読む

大正元年の洪水

大正元年(1912)9月21日、夜来の豪雨により、吉野川をはじめ那賀川、勝浦川は大増水した。(徳島日日新報による)/「板野郡誌」によれば、水かさは田の面上1丈(3m)、潮水の浸水5尺、3日3晩屋根の上で水の退くのを待っていたという話も残る。この洪水の痕跡が、川... 続きを読む

大正元年の洪水

大正元年(1912)9月21日より豪雨となり、22日に大水となる。各地で道路等の崩壊、橋の流失等が多く、漆川街道の被害は格別であった。 続きを読む

大正元年の洪水

大正元年(1912)9月21日の洪水は、明治35年(1902)の洪水よりも約1尺ないし1尺4、5寸水嵩が高かった。大正元年の大水に関する15人の村人の記録が記されている。水害時の様子や水が引くまでの人々の暮らしなどが描かれている。 続きを読む

1 436 437 438 439 440 441 442 443 444 445 446 860