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条件:徳島県

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明治38年の梅雨

明治38年(1905)6月9日以後ほとんど連日雨となった。月雨量は平年の倍以上で、特に那賀川上流の多雨域では1,000ミリを超え、徳島でも多い方から第2位の記録となった。降雨が散発的だったので、大きな洪水にはならなかったが、麦類(特に大麦)の収穫には相当影響が... 続きを読む

明治38年の梅雨

明治38年(1905)6月9日以後ほとんど連日雨となった。月雨量は平年の倍以上で、特に那賀川上流の多雨域では1,000ミリを超え、徳島でも多い方から第2位の記録となった。降雨が散発的だったので、大きな洪水にはならなかったが、麦類(特に大麦)の収穫には相当影響が... 続きを読む

明治38年の梅雨

明治38年(1905)6月9日以後ほとんど連日雨となった。月雨量は平年の倍以上で、特に那賀川上流の多雨域では1,000ミリを超え、徳島でも多い方から第2位の記録となった。降雨が散発的だったので、大きな洪水にはならなかったが、麦類(特に大麦)の収穫には相当影響が... 続きを読む

明治38年の地震

明治38年(1905)6月3日、強震。(「徳島県史」による)(ただし、半田町では地震により大きな被害を受けたという記録はない。) 続きを読む

明治38年の安芸灘地震

明治38年(1905)6月2日、安芸灘地震が発生し、脇町の震度は3~4。 続きを読む

明治38年の安芸灘地震

明治38年(1905)6月2日、安芸灘地震、徳島震度4。(「徳島県災異誌」等による) 続きを読む

明治38年の地震

明治38年(1905)6月2日、安芸灘の地震で家屋48戸が倒壊、徳島の震度は4で、3分間震動を感じた。 続きを読む

明治38年の洪水

明治38年(1905)、大洪水により、西条須賀の堤防が決壊し、四ツ屋の被害が甚大であった。 続きを読む

明治37年の火災

明治37年(1904)12月、中庄の山路から出火し、焼失家屋6棟、原因は子どもの火遊び。 続きを読む

明治37年の火災

明治37年(1904)9月10日午前1時過ぎ、徳島市富田浦町(仲の町)の劇場から出火、劇場と付近の住宅7戸を焼失した。(「徳島警察署沿革誌」による) 続きを読む

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