検索結果

9354件のアーカイブスが見つかりました。

条件:愛媛県

年代順で並び替える : |

昭和18年の大雨

昭和18年(1943)7月、大雨が数日降り続き、僧都川の堤防が城辺地区で2箇所大きく決壊し、御荘町でも観栄橋付近で土手が崩れ、和口橋や観栄橋も流失し、田地が浸水したり、土砂に埋まるなど被害は甚大であった。菊川地区では、軍用資材の切り出しが行われていたため。各所... 続きを読む

昭和18年7月の台風

昭和18年(1943)7月、台風。(宇和島測候所による) 続きを読む

昭和18年の台風

昭和18年(1943)7月、台風による水害のため、重信川流域では被害が氾濫面積200町歩、堤防決壊8箇所に及んだ。鉄道は郡中線の被害がひどく、水中に線路が埋没してしまう状態であった。勤労奉仕隊として松山高等学校の生徒が20日間にわたり動員され、線路の復旧にあた... 続きを読む

昭和18年の洪水

昭和18年(1943)7月、肱川の大洪水により、大洲盆地で大氾濫が起こり、死傷者131人、流失家屋554戸、床上浸水6,940戸など未曾有の被害が発生した。 続きを読む

昭和18年の洪水

昭和18年(1943)7月、集中豪雨により、肱川は洪水となった。写真1枚。 続きを読む

昭和18年の洪水

昭和18年(1943)7月、約60日に近い長雨を記録した。河川の被害は甚大で、富貴川、横松川等はそのまま放棄せざるを得なかった。被害は、家屋の流失15戸、半壊11戸、畜牛市場建物2棟・下灘第二小学校・倉庫1棟の流失、水田の流失1.5ha、堤防の崩壊3,060m... 続きを読む

昭和18年の洪水

昭和18年(1943)7月、洪水のため、県下で死者114人、行方不明20人、家屋の全壊1,132戸などの大きな被害が出た。重信川でも大きな被害が出た。 続きを読む

昭和18年7月の水害

昭和18年(1943)7月21日~25日、豪雨のため、南宇和郡内一帯は大被害を被った。城辺町内の僧都川で2箇所が決壊し、伊勢町、矢の町、中町、北裡から古町の全部の家屋が床上まで浸水した。流失家屋は9戸、死者は1人であった。町では応急措置として町内全戸を動員して... 続きを読む

昭和18年の台風

image

昭和18年(1943)7月21日~24日の台風により、松山では平均雨量の5ヶ月分が4日間に降った。県下の被害は、死者114人、行方不明20人、家屋全壊1,132戸、床上浸水27,020戸、堤防決壊1,074戸などとなった。松前町では、23日午前9時に北伊予村徳... 続きを読む

昭和18年の台風

昭和18年(1943)7月21日~24日の800ミリを越す記録的な暴風雨により、堤防は至る所で決壊した。日土では喜木川が氾濫し役場が流され、五反田でも元井橋から神山の方に流れ、清滝橋が流失し、千丈川も溢れ、新開町、木多町、おかされ橋を流し、駅前から昭和通り付近... 続きを読む

1 624 625 626 627 628 629 630 631 632 633 634 936