検索結果

9354件のアーカイブスが見つかりました。

条件:愛媛県

年代順で並び替える : |

宝暦11年の水論

宝暦11年(1761)、宮ノ下村以下5村、麻生村と水論。(「砥部町誌」、「大洲旧記」等による)(伊予の水論〔水争い〕年表) 続きを読む

宝暦11年の干ばつ

宝暦11年(1761)夏、干ばつのため、宮下・上野・八倉・徳丸・出作の各村と麻生村との間に水論。(大洲領の災害) 続きを読む

宝暦10年の干ばつ

宝暦10年(1760)、干ばつ、虫付による損毛届8,315石余。(「国府叢書」による) 続きを読む

宝暦10年の火災

宝暦10年(1760)、浅海原で火事、27軒被害。(「一番日記呼出」による) 続きを読む

宝暦10年の水論

宝暦10年(1760)、高井村南分が五反地に新泉(五反地泉)の開鑿に着手したのに対し、北分の農民が野都合泉の湧出量に影響するという理由で反対し、水論が起こった。両者折衝の末、五反地東端部の泉敷を埋め立てることで和解した。 続きを読む

宝暦10年の水論

宝暦10年(1760)、南高井・北高井の間で水論が激烈。(「久米村誌」による)(伊予の水論〔水争い〕年表) 続きを読む

宝暦9年の洪水

宝暦9年(1759)6月6日、大洪水により、宮内村土手5箇所決壊した。(「高徳寺過去帳」による) 続きを読む

宝暦9年の洪水

宝暦9年(1759)、梅雨の大洪水に見舞われ、村中大破。(「高徳寺過去帳」による) 続きを読む

宝暦9年の水論

宝暦9年(1759)、温泉郡南吉田村と伊予郡垣生(はぶ)村で水論。百姓総出。(「愛媛県農業史」による)(伊予の水論〔水争い〕年表) 続きを読む

宝暦9年の水論

宝暦9年(1759)、南吉田村と垣生村、余土村との間で水論、百姓が総出となった。(「余土村誌」による) 続きを読む

1 738 739 740 741 742 743 744 745 746 747 748 936