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条件:高知県
昭和47年(1972)7月4日、梅雨前線による洪水のため、山田堰が一部崩壊、床下浸水144戸、被災農地150ha、土砂崩れ発生、死者61人。(物部川の主な洪水の歴史による) 続きを読む
昭和47年(1972)7月4日~6日、集中豪雨により、死者61人、負傷者7人、住家の全壊12世帯、半壊12世帯、床上浸水521世帯、床下浸水2,315世帯の被害が出た。土佐山田町、野市町、安芸市に災害救助法が適用された。 続きを読む
昭和47年(1972)7月4日夕刻から、高知県は局地的な豪雨に見舞われた。土佐山田町繁藤では山崩れにより死者58人、行方不明2人の災害が起きた。須崎地方でも5日7時23分に大雨・洪水警報が発令され、15時40分に解除された。須崎の被害は国道56号栄町三叉路付近... 続きを読む
昭和47年(1972)7月4日、梅雨前線による大雨のため、山田堰の一部が崩壊し、香我美町中央付近が陥没した。被害は死者1人、行方不明3人、家屋の床下浸水144戸、被災農地150ha、国鉄1箇所、国道5箇所に及び、被害総額は2,225万円であった。 続きを読む
昭和47年(1972)7月5日、土佐山田町繁藤で集中豪雨により山崩れが発生し、救援作業中の消防団員ら60人が生き埋めの惨事となった。崩土量10万立米、20日間不通。 続きを読む
昭和47年(1972)7月5日、集中豪雨により国分川が氾濫し、布師田橋上流150mの左岸堤防が決壊した。濁流は田畑を押し流し、今戸井堤防や鉄道線路も破壊し、大津では舟戸、北浦、関部まで家屋が浸水した。一昨年に大被害を受けた大津食品工業団地はまた大浸水し、団地の... 続きを読む
昭和47年(1972)7月5日、前日から降り続いた雨は天坪で741ミリ、槙山で341ミリ、別府で598ミリ、和久保で459ミリとなり、繁藤では61人の死者を出し、物部川でも香我美橋の橋脚が陥没して通行不能となり、山田堰も明治25年以来の被害を受けた。被害状況に... 続きを読む
昭和47年(1972)7月5日午前10時55分、集中豪雨のため土佐山田町繁藤で起きた斜面崩壊は、60人の犠牲者を出す大惨事となった。この災害は生き埋めになった1人の消防団員を救出中に起きた二次災害であった。崩壊規模は高さ80m、幅170mで、土石量は約10万立... 続きを読む