検索結果

5881件のアーカイブスが見つかりました。

条件:高知県

年代順で並び替える : |

昭和47年の繁藤災害

image

昭和47年(1972)7月5日、梅雨明けを間近にして前線が再び活発になり、土佐山田町繁藤で2時間の雨量が167ミリに達した。午前5時過ぎ、幅20m、高さ25mの第一次崩壊が起こった。消防団員の生き埋め救出作業中に、第二次大崩壊が起こり、死者60人を出した。その... 続きを読む

昭和47年の繁藤豪雨

image

昭和47年(1972)7月5日早朝、集中豪雨により、土佐山田町繁藤の通称追廻山(おいまわしやま)で山崩れが発生した。家屋の土砂排除などの作業中に、6時45分に2回目の山崩れが発生し、一人の消防団員が生き埋めになった。6時48分には第3回目の山崩れ、10時54分... 続きを読む

昭和47年の繁藤災害

image

昭和47年(1972)7月4日夜、土佐山田繁藤地区は豪雨に見舞われ、地区住民の一部には避難命令が出されていた。5日6時45分頃民家の裏山が崩れ、消防団員1人が生き埋めとなり、消防団員地元民等97人が救出作業を行っていたが、10時50分頃救出作業中の消防団員や地... 続きを読む

昭和47年の繁藤災害

image

昭和47年(1972)7月5日、低気圧により、土佐山田町繁藤でがけ崩れが起こり、被害は59人、行方不明1人、全半壊13戸、負傷者7人、崩壊土量10万㎡に及んだ。(吉野川上・中流域の主な土砂災害による) 続きを読む

昭和47年の繁藤災害

image

昭和47年(1972)7月5日、集中豪雨により、土佐山田町繁藤では5時~6時の1時間雨量が95.5ミリ、6時~7時の1時間雨量が95.0ミリ、5日9時までの日雨量が742ミリに達した。このため、10時55分に追廻山で大規模な山崩れが発生し、死者・行方不明60人... 続きを読む

昭和47年の繁藤災害

image

昭和47年(1972)7月5日午前6時、繁藤駅前の裏山が崩れ、6時45分の第二回目の山崩れにより消防団員が生き埋めとなった。6時48分第三回目の山崩れ。10時50分生き埋めとなった消防団員の着衣が見え、手作業で救出作業を開始しようとした10時54分、第四回目の... 続きを読む

昭和47年の繁藤災害

image

昭和47年(1972)7月5日早朝、土佐山田町繁藤で生き埋めになった人の救出作業中、午前11時頃山が崩壊し、地元地区民、消防団員ら60人の犠牲者を出した。 続きを読む

昭和47年の繁藤災害

image

昭和47年(1972)7月5日午前5時過ぎ、夜来の大豪雨のため追廻山が崩壊し、消防団員が生き埋めとなった。消防署員、町職員、地元住民が救出作業に当たったが、10時55分に二度目の地すべりが発生して、犠牲者60人という大惨事が勃発した。繁藤には追悼碑が建っている... 続きを読む

昭和47年の洪水

昭和47年(1972)7月5日、梅雨前線により、国分川・舟入川では床上浸水2棟、床下浸水653棟、田畑の冠水691.3ha、一般被害額9,860万円の浸水被害を受けた。 続きを読む

昭和47年の繁藤災害

image

昭和47年(1972)7月3日~6日、豪雨のため、繁藤で崖崩れ災害、死者60人。 続きを読む

1 502 503 504 505 506 507 508 509 510 511 512 589