嘉永7年(1854)11月5日、南海沖の地震により、徳島の沿岸部は多大な被害を受けた。蜂須賀家の編年史である「阿淡年表秘録」によると、発生後11日で阿波国内での被害は石高85,000石余、潰家2,795軒、流失家3,800軒、焼失家3,570軒、死者150... 続きを読む
昭和21年(1946)12月21日、潮岬の南南西沖数十kmの海底を震源とする南海道大地震が起こり、大津波を生じ、紀伊水道の両側沿岸並びに土佐湾の沿岸は大災害を被った。地震及び津波による死者は16県にわたり、倒壊家屋は22県にわたる広範囲に生じたことから、この地... 続きを読む