大正4年(1915)1月8日午前1時、八幡町から出火し、焼失家屋は230戸に及んだ。この報は天聴に達し、救恤金350円を下賜された。町民は皇恩の無窮を記念するため、旧地蔵町通りを改修して大正町と名付けた。また、万一に備えて、浦に井戸を3つ設置した。 続きを読む
昭和27年(1952)1月24日~25日、季節風による激浪のため、伊予三島市の国道11号の海岸沿いの箇所が一部損傷を受け一時交通不能に陥り、1月5日~6日の季節風により被災した県道郡中長浜線は増破する等の被害を受けた。 続きを読む
延享3年(1746)12月6日、城西の中須賀、紺屋より出火、上野より焼け始めて南街に及ぶ。城下2,185軒、郷分256軒焼失、死者55人。(「高知市史」による) 続きを読む