大正4年(1915)1月8日午前1時、八幡町から出火し、焼失家屋は230戸に及んだ。この報は天聴に達し、救恤金350円を下賜された。町民は皇恩の無窮を記念するため、旧地蔵町通りを改修して大正町と名付けた。また、万一に備えて、浦に井戸を3つ設置した。 続きを読む
天明3年(1783)12月14日昼4ツ時、西新町より出火し、夜7ツまで町の多くが焼失した。(「富岡町志」による)/12月14日午刻(正午頃)、那賀郡富岡町で出火し、家数386軒焼失、同夜亥中刻(午後10時頃)鎮火した。(「阿淡年表秘録」による) 続きを読む