慶安2年(1649)2月5日、伊予・両国地大いに震い、宇和島城と松山城の石垣崩れた。(「大日本地震史料」による)2月20日夜、伊達遠江守在所予州、宇和島より飛脚到来して、今月5日当初大地震、石垣116間、長塀780間破損の由注進あり。(「寛明日記」による) 続きを読む
昭和23年(1948)3月4日午後8時15分、大正町田野々の大正営林署田野々土場から出火し、西風にあおられて田野々集落の約8割を焼失し、翌5日午前4時30分に鎮火した。焼失した建物537戸、建坪7,800坪、延土地面積100,000坪、山林400町歩に及び、損... 続きを読む
昭和40年(1965)3月20日11時36分、徳島市福島中町1丁目の建材工場から出火した火災では、化学製品火災の消火の困難性が実証された。工場は原材料、製品、半製品、ウレタンフォームの山にうずまっていたため、防煙器具を持たない消防隊は隣接建物への延焼阻止に全力... 続きを読む