文化11年の地震

災害年月日
1814年11月22日
市町村
高知県高知市
災害種類
地震・津波  
概要
文化11年(1814)10月11日、地震。日本地震資料-宮地日記には「夜酉の上刻(18時)地震余程強くゆる。去々年3月1日の夜の地震よりは強き方に覚ゆ。家中下町辺垣壁等少し破損有之由、其後も夜中今12日にかけ小震度となり」と記されている。
地理院地図
Googleマップ
原資料
原資料PDF1を表示する
参考文献
高知県編「高知県災害異誌」(高知県、1966年)、37頁
情報源の種類
市町村史、郷土史
キーワード
地震 宮地日記
NO.
高知262

よく似た災害

文化9年の地震

文化9年(1812)3月10日午後10時頃、地震が起こった。幡多や中村では格別に強かった。翌日までに11度余震が起こり、その後も度々地震は発生した。(... 続きを読む

文化9年の地震

文化9年(1812)3月10日戌上刻(20時)、地震甚だしく、未曾有のことであった。幡多や中村では御城下よりも格別に強かった。翌日までに11度余震が起... 続きを読む

文化9年の地震

文化9年(1812)3月10日夜6ツ半時、伊予灘東部でM6.9の地震が発生した。「松山史要」によれば、3月10日より15日まで地震が起こり、損害が多か... 続きを読む

文化9年の地震

文化9年(1812)3月10日夜6ツ半時、大地震。15日まで少々震す。(「松山叢談(増田家記)」による)/3月10日より15日まで、地大いに震う。損害... 続きを読む

宝永4年の地震

宝永4年(1707)10月4日、地震が起こり、翌朝まで10回余りの大津波が寄せ、町辺の家は非常な被害を受けた。日本で記録された最大の地震である。 続きを読む