慶長9年の地震

災害年月日
1605年02月03日
市町村
徳島県海陽町(宍喰町)
災害種類
地震・津波  
概要
慶長9年(1604)12月16日、地震と津波。宍喰浦旧記によると、16日午前9時から午後4時まで大きな地震が続き、午後6時月が出る頃には大津波で海上はすさまじい状態となった。宍喰浦中の各井戸からは6余の水が湧き上がり、土地は裂けて沼水が吹き出た。住民は愛宕山に逃げ登ったが、老人や子どもは波にさらわれて流されて死んだ。翌日、山を下りてみると、一面の死体で、死者1,500余人を出した。村人は死者を久保の2箇所に埋めて総塚を建てた。(「宍喰浦旧記」による)
地理院地図
Googleマップ
備考
愛宕山は現在も津波避難場所になっている。
参考画像

参考文献
中島源著「宍喰風土記」(平和印刷所、1969年)、45-46頁
情報源の種類
市町村史、郷土史
キーワード
慶長地震 津波 死者 宍喰浦旧記
NO.
徳島135