寛永7年の地震

災害年月日
1630年12月08日
市町村
愛媛県松山市
災害種類
地震・津波  
概要
寛永7年(1630)11月5日、地震により泉脈が閉塞した。(「大日本地震史料(道後温泉誌)」による) (註)この地震は、伊予温故録が引用する温泉伝記には記されていない。
地理院地図
Googleマップ
参考文献
神原健編「愛媛県気象史料」(愛媛県総務部広報文化課、1952年)、11頁
情報源の種類
その他文献等
キーワード
地震 道後温泉 大日本地震史料 道後温泉誌
NO.
愛媛1425

よく似た災害

寛永2年の地震

image

寛永2年(1625)3月18日、地震により、温泉塞がる。松山城主蒲生忠知命じて湯神社で祈祷した。(「松山叢談」、「伊予温故録(温泉伝記)」による) 続きを読む

推古天皇36年の地震

推古天皇36年(628)、大地震により温泉塞がり、3年後の欽明天皇3年9月に再び出た。(「伊予温故録(温泉伝記)」による) 続きを読む

寛永2年の地震

image

寛永2年(1625)3月18日、地震により泉脈が塞がったため、松山城主蒲生忠知が命じて湯神社に祈祷したところ、後に旧の如く湧出した。(「伊予温故録(温... 続きを読む

推古天皇36年の地震

推古天皇36年(628)、大地震により温泉塞がり、3年を経て舒明天皇3年9月に再び出づ。(「伊予温故録(温泉伝記)」による) 続きを読む

貞享2年12月10日の地震

貞享2年(1685)12月10日、安芸の地大いに震い、伊予にも被害あり。(「大日本地震史料」による)/地震い、各地で被害多し。時々道後温泉黄濁す。(「... 続きを読む