昭和14年の干ばつ

災害年月日
1939年00月00日
市町村
香川県高松市
災害種類
渇水  
概要
昭和14年(1939)春の降雨が少なく、7月~9月に雨が降らなかった。鹿の井伏石掛110余町歩は水がなく、各自所有の用水堀でかろうじて植え付けをしたのが80余町歩で、残り30町歩は何も作れなかったという。この大干ばつを契機に、鹿の井出水伏石掛は鹿の井出水浚渫権確認等の請求について高松地方裁判所に提訴した。、年一回立ち会いのもとに浚渫できるという古来からの慣行を法的に解決することを目指したものであったが、裁判は長期化し、戦時下、戦後の混乱の中で立ち消えのようになった。
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参考文献
多肥郷土史編集委員会編「多肥郷土史」(多肥郷土史編集委員会、1981年)、524-525頁
情報源の種類
市町村史、郷土史
キーワード
干ばつ 鹿の井出水 浚渫権 裁判
NO.
香川1284

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