明治9年の干ばつ

災害年月日
1876年00月00日
市町村
高知県南国市、香美市(土佐山田町)
災害種類
渇水  
概要
明治9年(1876)、日照りが続き、大変な水不足に襲われた。この時、新改川の上下流で水争いが起こった。下流の植田・久次(ひさつぎ)の人々が新改川のコロンボ堰を壊し、コロンボ堰から引水している須江の人たちが修理をするなど、上流と下流の水争いが続けられ、怪我人が出たり、警察官が仲裁に入ることもあった。「コロンボ堰水利裁判」の結果、コロンボ堰からの水は3分の2を下流の植田と久次に、3分の1は上流の須江に分けることが決められた。
地理院地図
Googleマップ
参考文献
南国市小学校社会科副読本編集委員会編「南国市のくらし」(南国市立教育研究所、2009年)、161-162頁
情報源の種類
市町村史、郷土史
キーワード
干ばつ 新改川 水争い コロンボ堰 水利裁判
NO.
高知760

よく似た災害

明治6年の干ばつ

明治6年(1873)、干天続きで、植田地区の水田が枯死寸前の状態になったため、新改川下流の植田地区の農民は上流の須江部地区の農民に対して、コロンボ堰の... 続きを読む

明治9年の干ばつ

明治9年(1876)の旱害は、明治6年の2倍3倍にも上った。新改川のコロンボ堰からの分水をめぐり、上流の須江部地区と下流の植田地区の農民が対立した。こ... 続きを読む

明治26年の干ばつ

明治26年(1893)、干ばつにより、植田地区350石、久次地区80石、須江上改田20余石の田は枯死寸前となった。植田・久次の農民はツイノイ堰(須江本... 続きを読む

明治27年の干ばつ

明治27年(1894)、この年は60年来の旱害と言われた。新改川下流の植田・久次地区は上流に分水を要請したが。上流も余裕がなく、甫喜峯疏水計画の最中で... 続きを読む

明治5年の水争い

明治5年(1872)、金川村と三角寺村の間に水争いがあった。谷水が等分に流れるように置いていた分水石を切って流量を変えたため、水争いが起こった。(「惣... 続きを読む