天保8年の干ばつ

災害年月日
1837年00月00日
市町村
徳島県徳島市
災害種類
渇水  
概要
天保8年(1837)夏、干ばつ打ち続くこと甚だしく、田圃に濯ぐ水に窮し、土瓶に井戸水を入れて稲の根元に給せりと、ために作物尽く枯死し、収穫皆無の状態となり、本村民の多くはオボツコを食し、鈴江渡付近の砂子に薄貝を漁り、かろうじて飢餓を免れたりという。(「川内村史」による)
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原資料
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参考文献
徳島県史編さん委員会編「徳島県災異誌」(徳島県史編さん委員会、1962年)、18頁
情報源の種類
市町村史、郷土史
キーワード
干ばつ 土びん水 川内村史
NO.
徳島1207

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