文化11年の洪水

災害年月日
1814年00月00日
市町村
愛媛県東温市(重信町)
災害種類
風水害  
概要
文化11年(1814)、大洪水により、下林の三奈良神社の北側の田地が流失した。このため、重信川の瀬筋が変わり、滝ノ下泉は埋没し、滝ノ下井手も失った。
Googleマップ
原資料
原資料PDF1を表示する
参考文献
重信町誌編纂委員会編「重信町誌」(重信町、1975年)、345頁及び361頁
情報源の種類
市町村史、郷土史
キーワード
洪水 重信川
NO.
愛媛4065

よく似た災害

文化10年の洪水

文化10年(1813)、大洪水により、下林の三奈良神社の北側の田地が流失した。このため、重信川の瀬筋が変わり、滝ノ下泉は埋没し、滝ノ下井手も失った。 続きを読む

文化10年の洪水

文化10年(1813)、大洪水により、下林の三奈良神社の北側の田地が流失した。このため、重信川の瀬筋が変わり、滝ノ下泉は埋没し、滝ノ下井手も失った。 続きを読む

文化11年の洪水

文化11年(1814)、大洪水により、下林の三奈良神社の北側の田地が流失した。このため、重信川の瀬筋が変わり、滝ノ下泉は埋没し、滝ノ下井手も失った。 続きを読む

宝暦3年の水論

image

宝暦3年(1753)、洪水があり、重信川の瀬筋を南側に移動させた。このため、三か村井堰の関切場を下林側の伽藍口門樋に接近させて設置したところ、水論が発... 続きを読む

宝暦3年の水論

image

宝暦3年(1753)、洪水があり、重信川の瀬筋を南側に移動させた。このため、三か村井堰の関切場を下林側の伽藍口門樋に接近させて設置したところ、水論が発... 続きを読む