寛文13年6月の洪水

災害年月日
1673年07月30日
市町村
愛媛県松山市
災害種類
風水害  
概要
寛文13年(1673)、古老の言い伝えによると、6月17日、18日より頻りに雨が降り、27日夜に石手川の堤が切れて城下町分及び代官町辺りも水溢れ、同心町、西堀端は水勢強く、堀の水と一面になり、追々水が増えたため、堀の上手に畳を運び、老若がこれに逃げたが、28日朝になって大いに水が減った。(「松山叢談(垂憲録拾遺)」による)
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参考文献
神原健編「愛媛県気象史料」(愛媛県総務部広報文化課、1952年)、14頁
情報源の種類
その他文献等
キーワード
洪水 石手川 堤防決壊 松山叢談 垂憲録拾遺
NO.
愛媛6782

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