享保6年の洪水

災害年月日
1721年09月05日
市町村
愛媛県松山市
災害種類
風水害  
概要
享保6年(1721)閏7月14日から15日にかけて、石手川の洪水の被害が甚大で、家中の侍の過半数が水防のため出動したほどであった。この年の洪水による被害は田畑3,716町歩余に及び、35,065石余の損毛であった。松山藩では、家中の侍に対し、知行高100石について10人ずつの人夫を出すよう命じ、同時に松山城下町、三津町にも人夫を出すよう命じて、合計2万人を投入して石手川の堤防の強化・川床の堆積砂除去などに当たらせた。
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参考文献
愛媛県土地改良事業団体連合会編「愛媛の土地改良史」(愛媛県、1986年)、143頁
情報源の種類
市町村史、郷土史
キーワード
洪水 石手川 水防活動
NO.
愛媛8240

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