寛延2年の井関池の決壊

災害年月日
1749年08月15日
市町村
香川県観音寺市(大野原町)
災害種類
風水害  
概要
寛延2年(1749)7月3日、井関池が決壊した。「井関池由来」によると、前日から雨が降り続き、池水が堤防上を1尺も溢れ、東端の堤防が長さ40間(72m)ほど決壊した。濁流は田畑や家屋を押し流し、死傷者も多く出た。池下の萩原村だけでなく、福田原、柞田、八丁、黒渕などの村々は悲惨であった。井関池の管理責任を持つ平田家は、丸亀藩から対応の遅れをとがめられ、9月に平田家当主は7日間の遠慮(公式の場への出席禁止)、支配人は2週間の閉門を申し渡された。
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参考文献
香川県土地改良事業団体連合会編「香川県土地改良事業団体連合会50年史」(香川県土地改良事業団体連合会、2008年)、498-500頁
情報源の種類
その他文献等
キーワード
井関池決壊 死者 平田家 管理責任
NO.
香川5532

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