大正7年の火災

災害年月日
1918年05月20日
市町村
高知県四万十市(中村市)
災害種類
火災  
概要
大正7年(1918)5月20日午後5時過ぎ、南京町(現在の一條通)から出火し、西風に火勢ものすごく、その上防火用水の不自由により火勢を大きく素ばかりで、みるみる10数戸に延焼。30分後には防水用水が全く絶え、その上電柱の倒壊で北側に延焼し、また新町の藁屋に飛び火し一面の火の海となり、東西約3丁、南北約2丁灰燼に帰して午後7時50分ようやく鎮火した。焼失家屋約80戸であったが、世帯数は150に達した。
Googleマップ
参考文献
中村市社会教育研究同好会編「私達の郷土 中村市(地誌編)」(中村市社会教育研究同好会、発行年不明)、108頁
情報源の種類
その他文献等
キーワード
火災 南京町 新町
NO.
高知4456

よく似た災害

大正7年の火災

大正7年(1918)5月20日午後5時過ぎ、南京町(現在の一條通り)から出火し、西風により火勢ものすごく近隣に延焼した。強風と防水の不自由により、間も... 続きを読む

大正7年の大火

大正7年(1918)5月20日午後5時過ぎ、南京町から出火し、西風のため近隣の10数戸に延焼した。さらに新町にも飛び火して一面の火の海となった。東西約... 続きを読む

寛保2年の火災

寛保2年(1742)1月12日夜、浮津から出火し、室津浦に延焼した。この火事で、浮津170軒、室津112軒が焼失した。 続きを読む

明治34年の火災

明治34年(1901)2月1日午後2時頃、向坂で出火し、谷から吹き上げる烈風で近隣に延焼した 続きを読む

昭和52年の五瀬山の火災

昭和52年(1977)4月2日午後3時14分頃、五瀬山の末地区山裾のみかん畑から出火し、火勢が広がったため、3時37分に隣接の津田町、寒川町、長尾町の... 続きを読む