明治40年の台風

災害年月日
1907年09月07日
市町村
徳島県阿南市(那賀川町)
災害種類
風水害  
概要
明治40年(1907)9月7日、台風が九州西岸を通り、山口から日本海に抜けた。那賀川の水位は危険水位17.8尺(約5m)を超え26尺(約8m)となり、海岸の護岸は多くの場所で決壊した。吉野川でも決壊の予想される水位20尺を超え30尺になったと言われ、徳島市内では浸食が激しかった。なお、この時、鳴門の旧吉野川が河口の砂州を突き切って直接海に流れるようになった。
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原資料
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参考文献
那賀川町史編さん委員会編「那賀川町史 上巻」(那賀川町、2002年)、879-880頁
情報源の種類
市町村史、郷土史
キーワード
台風 那賀川 海岸護岸決壊
NO.
徳島1935

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