明治44年の洪水

災害年月日
1911年08月00日
市町村
徳島県吉野川流域
災害種類
風水害  
概要
明治44年(1911)8月、台風が四国を横断し、吉野川の水源地帯に大雨を降らせた。この時の土佐水により、板野郡西条村の大牛堤500間が決壊した。また、高畑村の梶塚堤の決壊により、名西・名東・麻植3郡は水没し、中でも井上村の被害は激しく、地上14尺に達した所もある。第十堰も土佐水のために埋没し、善入寺島では堤防が決壊し、浸水のため家屋の流失や人命の損失があった。
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参考文献
澤田健吉「吉野川の歴史(その5)-徳島の地方新聞にみる明治年間の治水動勢-」(土木学会土木史研究委員会編「日本土木史研究発表会論文集Vol.5」土木学会土木史研究委員会、1985年)、176-177頁
情報源の種類
学術論文、雑誌論文
キーワード
台風 吉野川 大牛堤決壊 梶塚堤決壊 善入寺島
NO.
徳島7235

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