宝暦11年の水論

災害年月日
1761年00月00日
市町村
愛媛県砥部町
災害種類
渇水  
概要
宝暦11年(1761)、干ばつのため水論が起こった。この年、南神崎・上野村(のちの宮下村)が幕府領になったため、両村の農民が公領を鼻にかけ、これに徳丸・出作・八倉村を加えた下5ヶ村が享保9年の定法を無視して、古樋の筧を切り落とし、さらに麻生村に乱入して狼藉の限りを尽くしたと言われる。このため、上・下麻生村の農民は筧をかけ、下5ヶ村との争いに備えた。結局、大洲・新谷・松山の関係3藩と天領より2人ずつの庄屋が立ち会って仲介が成立した。
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原資料
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参考文献
砥部町誌編纂委員会編「砥部町誌」(砥部町、1978年)、198-199頁
情報源の種類
市町村史、郷土史
キーワード
干ばつ 水論 古樋の筧
NO.
愛媛986

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