明和8年の干ばつ

災害年月日
1771年00月00日
市町村
愛媛県砥部町、松山市
災害種類
渇水  
概要
明和8年(1771)、大干ばつのため、徳丸村・出作村(松山領)・南神崎村・上野村(天領)及び八倉村(大洲領)の五ヶ村が古樋井手の筧を切り落としたため、上麻生村(大洲領)・下麻生村(新谷領)の両村と間で乱闘が起こった。この矢取川の乱闘で死者2人と多数の負傷者が出た。天領があったため、関係者が備中代官所に出頭するよう命じられ、各村の庄屋・組頭など379人が出頭した。特に麻生村側の者に対して厳しい詮議が行われる中で、下麻生村組頭・兵右衛門は自ら発議者であると名乗り出て、死罪となった。
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備考
兵右衛門は砥部町八倉雲雀山中腹の衣更着神社に祀られ、八倉公民館裏には兵右衛門の墓がある。
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参考文献
仙波貢「農民騒擾『矢取川事件』(松前町郷土を語る会編集部編「松前史談 第3号」松前町郷土を語る会、1987年、所収)、47-52頁
情報源の種類
市町村史、郷土史
キーワード
干ばつ 水争い 矢取川 兵右衛門
NO.
愛媛1572

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