明和8年の干ばつ

災害年月日
1771年00月00日
市町村
愛媛県愛媛県
災害種類
渇水  
概要
明和8年(1771)、干ばつのため、一之井手がかりの南神崎・上野・徳丸・出作・八倉5村700人ほどが古樋井手を切り落とし、上麻生・下麻生200人と矢取川の河原で大乱闘を繰り広げ、南神崎と八倉各1人の死者を出した。この事件は幕府に届けられ、各村庄屋・組頭・百姓ら300余人が倉敷・笠岡の代官所に出頭を命じられ、取り調べが行われた。取り調べが長引く中、多くの人々を救うため、安永3年(1774)に下麻生村組頭兵右衛門が自らが首謀者であると名乗り出て、処刑された。
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備考
兵右衛門は砥部町八倉雲雀山中腹の衣更着神社に祀られ、八倉公民館裏には兵右衛門の墓がある。
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参考文献
愛媛県史編さん委員会編「愛媛県史 近世上」(愛媛県、1986年)、438-442頁及び481頁及び485頁
情報源の種類
市町村史、郷土史
キーワード
干ばつ 水論 矢取川 兵右衛門
NO.
愛媛1847

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