文化14年の干ばつ

災害年月日
1817年08月00日
市町村
香川県高松市
災害種類
渇水  
概要
文化14年(1817)7月、日照り続き、水不足となった。三名村の与平は一宮にある自分の田に渫(さらい)泉を掘ることを普請方に願い出た。普請方の許しがあり、堀かかったところ、上市場、横内、荒などの百姓から抗議が来た。結局、三名の組頭に頼んで、条件付きで渫泉が認められることになった。
Googleマップ
参考文献
一宮郷土誌編集委員会編「さぬき一宮郷土誌」(一宮郷土誌編集委員会、1990年)、257頁
情報源の種類
市町村史、郷土史
キーワード
干ばつ 水争い
NO.
香川1385

よく似た災害

明和9年の干ばつ

明和9年(1772)、異常な干ばつで、大野の百姓と川東村の百姓が、小箱出水で乱闘騒ぎの水喧嘩を行った。 続きを読む

文政12年の干ばつ

文政12年(1829)6月17日から8月10日まで、53日間日照りが続き、大干ばつとなり、作物の実りが十分でなかった。しかし、水の続いたところは豊作を... 続きを読む

文政12年の干ばつ

文政12年(1829)6月17日から8月10日まで53日間日照りが続き、大干ばつとなり、作物の実りが十分でなかった。しかし、水の続いたところは豊作を迎... 続きを読む

明和7年の干ばつ

明和7年(1770)、干害のため、高松藩内で55,000石余の立枯田が出たと記録されている。この水不足のため、7月1日に寺井村の百姓50余人は大野の案... 続きを読む

明和7年の干ばつ

明和7年(1770)夏、干ばつにより、損毛田8,220石余、畑3,709石余。(「藤蔓延年譜」による)干ばつ百日に及び被害多し。矢野保内の百姓かまぎを... 続きを読む