寛政3年の水論

災害年月日
1791年08月05日
市町村
香川県高松市
災害種類
渇水  
概要
寛政3年(1791)夏、日照り続きで、7月6日には干ばつの被害を受けた成合村の百姓と鹿角村の百姓との間で水論が起こり、激しい水喧嘩となった。新水戸にある横井の関をめぐって、成合は井堰を切ろうとし、鹿角は切らせまいとして争ったが、ついに成合の方が強くて堰が切り崩された。村役人はもちろん、郷会所から代官の手代なども駆けつけたが、争いは収まらず、双方石を投げ合うなどした。7日夕方になって、優勢な成合が、あとは一切役人に任せ、善処方を要望することで一応の始末がついた。
Googleマップ
参考文献
一宮郷土誌編集委員会編「さぬき一宮郷土誌」(一宮郷土誌編集委員会、1990年)、340-341頁
情報源の種類
市町村史、郷土史
キーワード
干ばつ 水論 成合 鹿角 新水戸
NO.
香川1391

よく似た災害

文政6年の水論

文政6年(1823)、松山領森松の百姓と大洲領麻生村の百姓が重信川原で水論。(「松山市史料集」、「松山市史」による)(伊予の水論〔水争い〕年表) 続きを読む

寛政3年の干ばつ

寛政3年(1791)、干ばつのため、成合と鹿角が水喧嘩が起こった、横井の堰を切ろうとする成合と、切らせまいとする鹿角の両村が対立した様子は「宇治川の合... 続きを読む

明和9年の干ばつ

明和9年(1772)、異常な干ばつで、大野の百姓と川東村の百姓が、小箱出水で乱闘騒ぎの水喧嘩を行った。 続きを読む

文政6年の水論

image

文政6年(1823)、両余戸村、垣生村の3ヶ村と南吉田村が水論、騒動となり、南吉田村の百姓忠七が即死した。(「余土村誌」による) 続きを読む

宝暦12年の白坂池の水論

image

宝暦12年(1762)5月26日、白坂池で本ノ大村の水番6人と池守5人が配水していたところ、羽方村の百姓100余人、本ノ大村の百姓20余人が押し寄せて... 続きを読む