寛政6年の干ばつ

災害年月日
1794年00月00日
市町村
香川県高松市(香川町)
災害種類
渇水  
概要
寛政6年(1794)、大干ばつに見舞われ、芦脇井関の少し下流にある一ノ井堰掛かりの岡・由佐・横井・池内の4ヶ村は用水不足になった。その原因は、芦脇井関から導水している井手を深く掘り下げたため、一ノ井関の水廻りが悪くなったのである。この芦脇井関掛かりと一ノ井関掛かりの水利紛争を解決するため、藩では寛政8年から既存の田渡池を嵩上げして規模を大きくする工事を行い、同10年から田渡池の水の配分を開始した。これによって芦脇井関をめぐる川東と川西の水争いは一応小康状態になった。
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参考文献
讃岐のため池誌編さん委員会編「讃岐のため池誌」(香川県農林水産部土地改良課、2000年)、1038-1040頁
情報源の種類
市町村史、郷土史
キーワード
干ばつ 芦脇井関 一ノ井関 水争い 田渡池
NO.
香川1548

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