寛永3年の干ばつ

災害年月日
1626年05月00日
市町村
香川県高松市
災害種類
渇水  
概要
寛永3年(1626)4月から7月にかけて、讃岐国では約90日間にわたって全く降雨がなく、稲は全滅し、多数の餓死者が出た。領主生駒高俊は伊勢から西嶋八兵衛を招き、讃岐国内に90余りの大池を新築または増築させたが、三郎池もこの時に築かれた。三郎池は藩工事として寛永5年1月に着手し、同年5月に完成したと言われている。(「讃岐の池と水」による)
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参考文献
讃岐のため池誌編さん委員会編「讃岐のため池誌」(香川県農林水産部土地改良課、2000年)、1093頁
情報源の種類
市町村史、郷土史
キーワード
干ばつ 餓死者 三郎池 讃岐の池と水
NO.
香川1550

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