大正2年の干ばつ

災害年月日
1913年00月00日
市町村
香川県高松市
災害種類
渇水  
概要
大正2年(1913)、干ばつのため、三郎池の水配分をめぐって大紛争が起きた。三郎池の貯水量が2割まで減った時、下流の木太村・林村の農民が押しかけて水を流すように迫ったが、上流の三谷側は「最後の水は敷き村の権利だ」と主張して譲らず、堤防上に双方多数の農民が集まって紛糾を極めた。結局、大正12年(1923)に三郎池普通水利組合が結成され配水の適正化が図られるとともに、三郎池嵩上工事が県営用排水幹川改良事業として昭和4年(1929)3月に着工され、同6年3月に完成した。
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備考
三郎池
参考文献
讃岐のため池誌編さん委員会編「讃岐のため池誌」(香川県農林水産部土地改良課、2000年)、1095-1096頁
情報源の種類
市町村史、郷土史
キーワード
干ばつ 三郎池 水争い 三郎池普通水利組合 三郎池嵩上工事
NO.
香川1551

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