元禄3年の干ばつ

災害年月日
1690年00月00日
市町村
香川県観音寺市
災害種類
渇水  
概要
元禄3年(1690)夏、大日照りのため、岩鍋池の貯水が激減した。岩鍋池のある粟井村は、干ばつ時には本谷川の上流にある奥谷池の水を抜くという約束どおりに、奥谷池の水を岩鍋池に抜き込むように要求したが、奥谷池のある新田村は応じなかった。このため、粟井村は黒渕村の大庄屋井下兵右衛門に訴え出た。大庄屋は1年間の水利調査を行った後、奥谷池の水が流下する本谷川の別所井関での分水比率を新田村7分、粟井村3分とするよう提案し、解決が図られた。(「豊田郡新田村用水一件」による)
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備考
原資料では元禄3年(1697)となっているが、元禄3年(1690)に修正した。
参考画像
参考文献
香川県土地改良事業団体連合会編「香川県土地改良事業団体連合会50年史」(香川県土地改良事業団体連合会、2008年)、322-325頁
情報源の種類
その他文献等
キーワード
干ばつ 水争い 岩鍋池 奥谷池 豊田郡新田村用水一件
NO.
香川1569

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