明治40年の洪水

災害年月日
1907年09月15日
市町村
徳島県海陽町(海南町)
災害種類
風水害  土砂災害  
概要
明治40年(1907)9月15日、海部川洪水、浸水の家屋28戸、田畑700町歩、平井山腹崩壊。
Googleマップ
原資料
原資料PDF1を表示する
参考文献
海南町史編さん委員会編「海南町史 上巻」(海南町、1995年)、588頁
情報源の種類
市町村史、郷土史
キーワード
洪水 海部川 平井 山腹崩壊
NO.
徳島548

よく似た災害

明治42年の洪水

明治42年(1909)11月24日、海部川洪水、鞆奥で浸水286戸、川東で浸水田畑48町歩。 続きを読む

明治25年の保勢崩壊

image

明治25年(1892)7月25日午後2時頃、保勢山の中腹が幅300m、長さ800mにわたり崩壊して、海部川を堰き止めた。崩壊により北岸の山麓にあった3... 続きを読む

明治25年7月の洪水・土砂災害

image

明治25年(1892)7月23日、暴風、海嘯、洪水で死者311人、不詳89人、家屋全壊2,635戸、流失644戸、半壊2,559戸、潮入36,242反... 続きを読む

昭和16年の洪水

昭和16年(1941)8月15日、海部川洪水、吉野橋陥没、川東村田畑130町歩浸水。 続きを読む

明治25年の保瀬の崩壊

image

明治25年(1892)7月25日午前10時頃、川上村大字平井の保瀬の右岸山上が大崩壊した。山の土砂が海部川を堰き止め、洪水は逆流し、寒ヶ瀬一帯は濁流に... 続きを読む