嘉永5年の干ばつ

災害年月日
1852年06月00日
市町村
徳島県美馬市(脇町)
災害種類
渇水  
概要
嘉永5年(1852)5月中旬頃から7月にかけて、ほとんど降雨がなく、水涸れにより米麦の値段が上がったことが、突抜町の吉田家文書に記されている。また、吉田家文書によると、この時、徳島城では10日間にわたって雨乞いの神事が行われ、領内の真言宗寺院に対しても雨乞い祈祷の執行が命じられた。、
Googleマップ
原資料
原資料PDF1を表示する
参考文献
脇町史編集委員会編「脇町史 上巻」(脇町、1999年)、994-995頁
情報源の種類
市町村史、郷土史
キーワード
干ばつ 雨乞い 吉田家文書
NO.
徳島589

よく似た災害

昭和14年の干ばつ

昭和14年(1939)、大干ばつのため、県から雨乞いの通達が出され、大きな竜を作って神事が行われた。 続きを読む

嘉永5年の干ばつ

嘉永5年(1852)6月、干ばつのため、田井稲荷明神にて雨乞い。村中の大小の社堂残らず雨乞いするも雨降らず。猪尻役所より雨乞い祈祷するよう、御酒、灯明... 続きを読む

仁和4年の干ばつ

image

仁和4年(888)夏、干ばつ。国司菅原道真が城山神社で7日7夜の断食で雨乞いの祈願をした。満願の日になって、雷鳴とともに雨が降り出し、3日3晩にわたっ... 続きを読む

文政6年の干ばつ

文政6年(1823)、大干ばつにより河池の水が枯渇したため、藩命により各所の神社仏閣で雨乞いの法が行われた。 続きを読む

昭和14年の干ばつ

image

昭和14年(1939)7月20日に阿野南組によって、8月10日には北条組によって雨乞い念仏踊りが行われた。 続きを読む