安政元年(1854)11月4日朝辰の刻に強震があり、津波が起こり、第二震があった。第二震の時の津波が高く、立田近くまで押し寄せてきたという。5日夕方申刻にまた大震があり、微震が続出して絶えなかった。この時の土佐国全体の被害は死者372人、負傷者180人、焼失家... 続きを読む
昭和21年(1946)12月21日、地震が起こり、津波が襲来した。この津波では中新田から片島の鷲州橋間の道路コンクリート舗装が浮き上がった程度で、総曲輪にはほとんど被害はなかった。河戸堰のすぐ下まで津波が来たが、堰には上がらなかったので、河戸堰には津波による被... 続きを読む