慶応3年の水論

災害年月日
1867年09月00日
市町村
愛媛県松山市
災害種類
渇水  
概要
慶応3年(1867)8月、大干ばつにより、北高井村では野津合泉で3個の足踏水車と5個の桶を用いて昼夜兼行で地下水を揚水した。これに対して、南高井村では北高井村が野津合泉の地下水を過度に汲み上げると、五反地泉の湧き水に大きな影響があると判断して反対した。8月19日夜、南高井村の一部農民は野津合泉の用水器具を破損するなどした上で、五反地泉を約10間東へ掘り増した。北高井村の一部農民は五反地泉を襲い、南高井村の農民と衝突し、この乱闘で北高井村で18人の負傷者を出した。
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参考文献
久米郷土誌編集委員会編「久米郷土誌」(久米公民館、1992年)、153-156頁
情報源の種類
市町村史、郷土史
キーワード
干ばつ 北高井村 野津合泉 南高井村 五反地泉
NO.
愛媛906

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