宝暦11年の水争い

災害年月日
1761年00月00日
市町村
愛媛県砥部町、松山市
災害種類
渇水  
概要
宝暦11年(1761)、重信川左岸で上麻生村(大洲領)・下麻生村(新谷領)の両村と下流に位置する徳丸村・出作村(松山領)・南神崎村・上野村(幕府直轄地)及び八倉村(大洲領)の五ヶ村の間に水争いが起きた。この年、南神崎村・上野村の両村が松山領から幕府直下地になったため、下五ヶ村農民の気勢があがり享保9年(1724)の定法を破って、重信川の流水を両麻生村に引き入れる古樋井手の筧を切り落としたのであった。大洲・新谷・松山の各藩と天領から2人ずつの庄屋が立ち合って仲裁が成立した。
地理院地図
Googleマップ
参考文献
仙波貢「農民騒擾『矢取川事件』(松前町郷土を語る会編集部編「松前史談 第3号」松前町郷土を語る会、1987年、所収)、47-52頁
情報源の種類
市町村史、郷土史
キーワード
水争い 重信川 古樋井手 天領
NO.
愛媛1571

よく似た災害

宝暦11年の水論

宝暦11年(1761)、干ばつのため水論が起こった。この年、南神崎・上野村(のちの宮下村)が幕府領になったため、両村の農民が公領を鼻にかけ、これに徳丸... 続きを読む

元禄16年の干ばつ

元禄16年(1703)夏、旱天のため、重信川左岸で上麻生村(大洲領)・下麻生村(新谷領)の両村と下流に位置する徳丸村・出作村・南神崎村・上野村(松山領... 続きを読む

享保9年の干ばつ

享保9年(1724)、大干ばつに見舞われ、重信川左岸で上麻生村(大洲領)・下麻生村(新谷領)の両村と下流に位置する徳丸村・出作村・南神崎村・上野村(松... 続きを読む

明和8年の干ばつ

image

明和8年(1771)、大干ばつのため、徳丸村・出作村(松山領)・南神崎村・上野村(天領)及び八倉村(大洲領)の五ヶ村が古樋井手の筧を切り落としたため、... 続きを読む

明和8年の干ばつ

image

明和8年(1771)は大干ばつで、6月8日に市之井手掛5ヶ村の農民700~800人の集団が古樋井手の掛樋を切り落とすという実力行使をしたため、上下麻生... 続きを読む