享保17年の多雨

災害年月日
1732年00月00日
市町村
愛媛県西条市
災害種類
その他(長雨)  
概要
享保17年(1732)、多雨、うんか大発生、収穫皆無の所多し。松山領では、筒井村の作兵衛が麦種を保存することに腐心して餓死し、義農と称えられるようになった。
Googleマップ
原資料
原資料PDF1を表示する
参考文献
久門範政編「西條市誌」(西条市、1966年)、1057頁
情報源の種類
市町村史、郷土史
キーワード
長雨 義農作兵衛
NO.
愛媛2126

よく似た災害

享保17年の多雨

享保17年(1732)7月、多雨により稲田は収穫有無となった。12月に至り領内で餓死者が続出した。筒井村の義農作兵衛が餓死した。(「田野村誌」等による... 続きを読む

享保17年の長雨

享保17年(1732)、長雨続きで、うんかが大発生して収穫がなく、米麦価が暴騰し、餓死者が出た。義農作兵衛が麦種を残して餓死した。領内の餓死者は3,5... 続きを読む

享保17年の長雨

享保17年(1732)5月20日頃から、天候が不順となって霖雨が続いた。重信川と石手川をはじめ諸川が増水して、閏5月10日頃に氾濫し、交通が途絶した。... 続きを読む

享保17年の洪水

享保17年(1732)、洪水、虫害のため、大飢饉となった(享保の大飢饉)。5月末よりウンカが発生し、稲は枯れ果て、藩から貧者1人1日当たり大豆1合をも... 続きを読む

昭和21年の南海地震

image

昭和21年(1946)、南海地震による地盤沈下のため、白鳥の松原は浸蝕され、東部の新川流域の耕地も低地と化し、海水が浸入するようになった。このため、流... 続きを読む