享保17年の長雨

災害年月日
1732年06月00日
市町村
愛媛県松山市
災害種類
風水害  その他(長雨)  
概要
享保17年(1732)5月から降り始めた雨は、麦の成熟・収穫期と重なって農作物に大きな影響を与えた。降雨は5月、6月、7月と続き、河川の氾濫、田地の流失が繰り返された。その上、日照時間の不足による低温、病害、虫害、特にうんかの異常発生で、収穫は皆無となった。西林寺の過去帳によると、享保17年の死者は198人、翌18年の死者は74人に及んだ。松山藩内では松前付近が最も惨状を呈し、義農作兵衛を出した。
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備考
西林寺の前には、餓死者の霊を弔うため供養塔が建てられている。また、義農作兵衛の墓は松前町の義農神社にある。
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参考文献
久米郷土誌編集委員会編「久米郷土誌」(久米公民館、1992年)、151頁
情報源の種類
市町村史、郷土史
キーワード
長雨 洪水 西林寺の過去帳 義農作兵衛
NO.
愛媛4045

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