享保17年の長雨

災害年月日
1732年06月00日
市町村
愛媛県松前町
災害種類
その他(長雨)  
概要
享保17年(1732)5月下旬から降り出した雨は、7月上旬まで続き、重信川などが氾濫し、これに6月中旬から稲田に発生したウンカが追い打ちをかけて、飢饉となった。西南諸藩の中で松山藩の被害は特に甚大であり、藩から幕府への報告によると、藩内の餓死者は3,489人で全国の3分の1程を占めていた。その松山藩の中でも、筒井村を中心とする伊予郡の被害が最も大きかった。筒井村の作兵衛は、自らの命と引き替えに、麦種子を後世に残して餓死した。松山藩主は、幕府より「差扣」(さしひかえ)の処分を受けた。
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備考
義農作兵衛は義農神社に祀られ、義農公園が整備されている。毎年4月23日には遺徳をしのび、義農祭りが行われている。
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原資料
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参考文献
松前町誌編集委員会編「松前町誌」(松前町、1979年)、1384-1452頁
情報源の種類
市町村史、郷土史
キーワード
長雨 享保の飢饉 死者 筒井村 義農作兵衛
NO.
愛媛4271

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