享保17年の長雨

災害年月日
1732年06月00日
市町村
愛媛県伊予市(双海町)
災害種類
その他(長雨)  
概要
享保17年(1732)5月より9月まで霖雨、淫雨といわれた長雨が続き、うんかが大発生したことにより、作物はまったく実らなかった。この年は江戸時代を通じて双海地域が最も多大な被害を受けた年となった。住民は山野の野草やその根まで食べ、すべての青物が食べ尽くされたという。高野川村では数十人が餓死したという記録が残っている。しかし、大洲藩庁は蔵門を開かなかった。
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原資料
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参考文献
双海町誌編さん委員会編「双海町誌 改訂版」(双海町、2005年)、15頁
情報源の種類
市町村史、郷土史
キーワード
長雨 高野川村 死者
NO.
愛媛4550

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